王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
 あっとマリーが顔を上げた時には、すでに扉は閉まったあと。

 部屋はとても広いのに、風など少しも吹いておらず、とにかく息が詰まりそうだった。


「マリーアンジュ」


 ふたりきりになった途端、フレイザーは両親の前とは打って変わって、横柄に足を組んでソファの背もたれに腕を回した。


「貴女は本当に美しい」

「……お、お褒めの言葉、ありがとうございます……」


 消え入りそうな声で謝辞を述べるマリー。

 ふんわりとしたドレスに置いた華奢な手は、小さな拳を作って膝の上で震えている。


「お世辞などではないよ? 本心さ、マリー」


 不意に馴れ馴れしく呼ばれて、マリーの心は一気に不快感が渦巻く。

 優しく自分を呼んでくれるウィルの声とは全く違う響きに、目元がこわばった。


 やっぱり私、フレイザー様は苦手だわ……


 けれど、たとえマリーがそう感じていたとしても、両親から背負わされた期待は振り払えない。

 父も母も、エレンも、あんなに喜んでくれていた。
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