王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
 逃げられない恐怖に震えるマリーの顎を掴み、フレイザーは強引にマリーと視線を合わせてくる。

 そのまま飲み込まれてしまいそうなほど深い暗黒の瞳に、身体の震えが止まらない。


「女は私に媚を売ることに躍起になるものだとばかり思っていたが、お前は少しも気に入られようとはしないらしい。大切に育ててくれた親に悲しい思いをさせても構わないのか?」


 フレイザーに両親の思惑は駄々漏れだ。

 娘を爵位の高いところへ嫁がせるのは、どの貴族も望んでいることだからだ。

 もし自分が不躾な娘だと花嫁候補を外されでもしたらと考えると、両親の落胆する顔が目に浮かぶようだ。


「躾はしっかりなされていると聞いていたが、違ったか?」


 はい違います、とこれまで両親に教え込まれてきた全てをここで覆してしまおうかと思った。

 フレイザーに対する嫌悪感で、マリーは自分の心を優先しようとしたけれど、


「それとも誰か、他所者に入れ知恵でもされたか?」


と、フレイザーはニヤリと片方の口の端を上げた。

 両親の意に反して婚約を断ってしまおうかと画策する間もなく、ぎくりと肩を揺らして大きく目を見開いた。
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