王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「どうかされましたか!? 大丈夫でございますか!?」


 応接室の外でエレンの声がして、はっと首だけを起こす。

 テーブルを濡らした紅茶のカップの音が、部屋の中のただならぬ様子を伝えたのだろう。

 咄嗟に入ってこないところは、さすが躾が行き届いている。


「すまない、ここを片付けてくれるか」


 マリーの腕を引き、共に身を起こしたフレイザーは、扉の向こうのエレンに声をかけた。

 呼びつけられたエレンは、「失礼いたします」と慌てた様子で中に入り、テーブルの上の惨状を見るなり青ざめた。


「マリーアンジュ嬢が緊張していたらしく、手を滑らせたようだ。
 ああ叱らないであげてくれ。こうやってふたりきりで異性と話すことなど、これまでなかったのだろうから、仕方のないことだ」


 マリーの前で見せたあの黒い表情とは打って変わって、なんとも人当たりの良さそうな顔つきに変わるフレイザー。

 ソファに座り直したマリーは、何も言えずにエレンが片付けるテーブルを震えながら見つめるだけだ。
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