もう一度、名前を呼んで2

それから数か月がたった。エドはまた部屋に閉じこもり冷水ばかり浴びるような日々が続いていた。
『また冷水を浴びたのね。体に悪いわ』
『ほっといてくれ』
もう数か月経ってしまった。リンとティルも疲れているし、ジュリアも精力的に働きながらエドの様子を気にかけるばかりで疲れている。エリクもエドの代わりにその存在を示しているため危険に身をさらしている。そして何より、何の手掛かりもつかめていないことが全員を追い詰めていた。


そんな時。エドは不思議な夢を見た。藍那が真っ白な部屋で倒れている夢だ。
『アイナッ!!!!』
そこには変わらず長い髪を携え華奢な体で不健康そうな藍那がいた。
触れようとしても、なにか壁があるかのように触れられない。眠っているのか目は閉じているものの、閉じた目から涙が流れていた。
『アイナ!こっちを見てくれ!』
その姿をちゃんと見せてくれと懇願しても藍那はピクリとも動かない。
『クソッ!なんだよこれ!!!』
夢の中だとは気付いていなかった。目の前の藍那は本物だと思っていた。藍那が泣いている。絶対に悲しませないと決めた俺の唯一の可愛い藍那が。誰にも触れさせないと誓った大事な子が。こぶしに血がにじむほど見えない壁を叩いていたら、藍那が小さくうめいて目を開いた。

『アイナ!!!!!』
目が覚めた!気付いたのか!?
だが、藍那は何も聞こえていないようだった。それにこちらの姿もきっと見えていないのだろう。ぼーっと虚空を見つめたまま何も反応を示さない。
『アイナ……』
起き上がった姿は記憶よりやつれているような気がする。あんなに頬がこけていただろうか。あんなにクマが?食事はとっているのか?
記憶にあるのとは違う藍那の様子に胸が締め付けられた。

無表情のままハラハラと涙を流す様子を見ていると、ふと気付いた。
──ここは、夢か
エドがそう気付いたとたん藍那の姿はエドの記憶の中にある健康的な様子に変わった。そして目の前の壁もなくなる。
『アイナ!』
『エド!』
いつもと同じ花がほころぶような笑顔。それを見て、エドの目からも涙があふれた。
『どうしていなくなったんだ……』
『え?ここにいるでしょう?』
『違う、現実でだ』
『何を言ってるの、おかしなエディ』
小さな手が頬に触れる。その手には体温を感じず、ああやはりここは夢なのだと思った。
『泣かないで』
『……会いたい、アイナ』
口からこぼれたその言葉は,あの日からずっと一度も口にしなかったものだ。

そう。会いたいのだ。
捨てられたかもしれない。俺から逃げたのかもしれない。でも、それでもいい。一目会いたい。一度でいいから、あの体温の高い小さな体を抱きしめたい。こんな冷たい手は藍那の手じゃない。
『……会いたいんだ…』
最後に見た姿がほかの男の腕にとらわれているものだなんて、許せない。さっき見たやつれた姿が今の様子なのか?それでいいから、生きているお前に会いたい。
そう思いながら頬に触れた手を強く握った。

『……あたしも会いたいよ』
鼻にかかったその声は泣いているようだった。表情は笑顔なのに、声は悲痛に歪んでいた。

『……絶対に見つけてやる』
見つけて、会ったら、もう二度と離さない。こんな思いはもう二度としない。
つないだ手から光の粒になって消えていく藍那を目に焼き付けながらエドは誓った。



夢を見てから数日後にはMOONと接触していた。今までの依頼とはわけが違う。面白そうに口元をゆがめたアジア風の男に「人探し?そんなのに俺らを使うの?」と笑われた。だが話せば、「…大事な子なんだねえ。仕方ないから受けてあげるよその依頼」と了承された。人探しの依頼なんか俺が受けるの初めてだし報酬は二人のツーショットでいいよ、と謎の発言を残してその男は去り、後日俺のメッセージに対する藍那の返事が封書で届いた。

藍那からの返事であろうそれは、“のこのこと帰ることはできない。あたしのことを諦めずにいてくれるのなら待っている”という主旨だった。
『見つかった、やはり日本にいる』
『エド!!!よくやったわ!!!!最高ね!!』
ジュリア、エリク、リン、ティルを集めて報告した。
『リン、ティル、苦労を掛けたな……』
『……見つかって本当に良かった。すぐにでも行こう』
藍那が返したメッセージを伝えると,皆は苦笑していた。
『…どうしてそんなに高飛車に育っちゃったのかしらね』
『待ってるから迎えに来いなんてねえ』
ジュリアとエリクはくすくす笑い、リンとティルは話を聞きながら眠気に襲われているようだった。二人は十分に休んだほうがいい。
『……のこのこ帰れない、ってのが本音だろうね』
『そうね、あの子が考えそうなことだわ』
『きっとすごく反省してるんじゃない?黙って日本に行ったことを』
『かもな』
『きっとそうね』

藍那が消えて以来、初めてこうして気を緩めて笑うことができた。
あとは家業に一区切りつけ、ボスの様子を窺うだけだ。
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