強引社長といきなり政略結婚!?

「汐里」


唇が触れるか触れないかのところで、朝比奈さんが私の名前を呼ぶ。
閉じていた瞼を開け、「はい」と返事をした時だった。
部屋のドアが開け放たれる音と共に、「おーい、一成」というしわがれた声が聞こえた。

一瞬にして、現実へと引き戻される。
驚いた私たちは、その体勢のまま体が硬直してしまった。

声の様子からして、多分、朝比奈さんのおじいさんだろう。幸いなことに、ドアに背を向けて置かれたソファのおかげで、私たちの姿は見えていない。
朝比奈さんはパッと体を起こして、「どうかした?」と涼しい顔をして答えた。


「なんじゃ、そんなところで寝ていたのか?」

「あ、うん、まぁ……映画を観ながら横になってた」


挨拶すべきか迷ったものの、こんな遅い時間にこっそり忍び込んでいたような状況では、初顔合わせに相応しくないんじゃないかと、じっと息をひそめていた。
朝比奈さんも、『そのままで』と目配せをよこした。

今までとは違う緊張が体を駆け抜ける。

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