私は対象外のはずですが?~エリート同僚の甘い接近戦~
そんなに笑うことないでしょ、と抗議の意味を込めて真由を軽く睨む。真由はそれに気付くと慌てて笑みを顔面から消し、何でもない表情に戻って新山さんに話し掛けた。

「そう言えばさ、宮坂主任って何で三年で戻ってきたのかな、って当時噂になってたよね。五年でも早いくらいなのに」

すると新山さんは私に詰め寄っていた顔を離し、再び真由の方を向いて、自信ありげに答えた。

「それは、主任がすごーく有能で出来る人だからですよ。海外にいて、知らないうちにライバル社とかに引き抜かれるのを恐れたんですよ、社長とか上層部の人達が。それに、向こうの支部長が、主任を手放したくなくて本社と掛け合ったけどダメで、泣く泣く帰国させた、っていう話聞きましたもん」

「それは、お気の毒だねー……主任の抜けた穴は、大きそうだもんね」

先に食べ終えた真由が空になったグラスの氷を揺らしながら言った。それよりも現地の仕事を引き継いだ後任の社員が、出来る男の後のプレッシャーに押し潰されそうになっているのではないか。もしそうなら私はそっちの方がお気の毒だ。

「じゃあ、どうして本社の海外事業部じゃなくてうちの営業部?」

「なんでも、本人の希望だそうですよ」

ふたりが宮坂主任の話をしているのを適度に聞きながら、残りの昼食を食べ終えて、箸を置く。その時、こちらに近付いてくる人物が見えた。

「ちょっと、新山」

間近で聞こえた声に、新山さんと真由が同時に振り向く。新山さんと同期で二課の営業、山下くんが私達のテーブルの傍らに立っていた。背が高く、清潔感漂う短い黒髪と、くっきりとした二重瞼が印象的で、若手の中でも優秀なホープとして、女子社員から密かな人気を集めている。

「新山、昨日頼んだ顧客データの資料、出来てる?」

「え、ええっ、それ、今日中だった?」

「何言ってんの。午後から要るんだけど。それ食べ終わったら、至急やって」

それだけ言うと、山下くんはこの場を立ち去って行った。慌てたのは、新山さんだ。急いで冷製うどんを口の中に流し込むと、トレイを持って立ち上がった。

「すみません、私、戻りますっ」

「うん……それより急いで食べてたけど、お腹大丈夫?」

私が尋ねると、新山さんはニコッと笑った。

「私、胃袋丈夫なんで。じゃあ、木谷さん、頑張って下さいっ」

そして慌ただしくテーブルを後にした。

「頑張ってって言われちゃった……何をだろう?」

私が首を傾げると、しばらく間があって、真由がため息をつく。

「頑張って、主任の彼女の座をゲットしてくださいってことじゃない?」

「えっ!?」

ぎょっとして、思わず目を見開く。

「まあ、それより詩織は、どこかに置いてきた女子力を復活させる方が先でしょ」

真由がニヤッと笑った。


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