樫の木の恋(中)
「して、何用で?」
秀吉殿は顔に笑みを浮かべている。
心底この場を楽しんでいるかのように見えるその笑みは、柴田殿や佐々殿の眉がしかめられるのが分かる。
「まぁ…あれだな。この間、一益が秀吉に傷を付けた事を謝ろうと思ってな。」
「あーあれですか?大殿に言われたのですかな?」
「…そんなところだ。」
案の定と言ったところか。
大殿はこちらには何も言ってこなかったが、柴田殿の方は何かしら言われたのだろう。
気まずそうな柴田殿の顔は、それを物語っていた。
「一益、秀吉に謝れ。」
滝川殿はもっと嫌そうな顔をすると思ったが、すんなりと頭を下げた。
「……すまなかった。」
本当は屈辱的に思っているはずだ。
十以上も歳の下の、ましてや女子の秀吉殿に頭を下げると言うのは。
それでも滝川殿は立派なもので、顔色一つ変えようとはしなかった。
「頭を上げてくだされ。こちらも言い過ぎた節があります故、ここはおあいこという事で。」
「そう言ってくれるとありがたい。」
有り難いなどと本当は思っていないだろう。
にやにやとする秀吉殿の顔を既に見ているはず。今頃心の内は穏やかでは無いはずだ。
こんなときに秀吉殿は言い意味で性格が悪いなと感心させられる。