恋蛍2
彼女は黙ってオレのあとを着いて来た。


サトウキビ畑が続く道は白い砂地で、普通に歩くだけでもジャリジャリ音がする。
でも、彼女はしゃなりしゃなりと歩くものだから、足音が聞き取り難いったらない。
オレはなんかこうそわそわと気が気じゃなかった。

いや、だって、この暑さやんど。
バテて着いて来れてないんじゃないだろうね、と心配になり、何度も後ろをちらちらと振り返っては確認しながら歩き進んだ。


彼女は長い絹糸のような髪の毛をさらさらとなびかせて、涼し気な顔で、オレの直ぐ後ろにぴたりと着いて来とる。
ほっと胸をなでおろす。
なにさ。
そんなもやしみたいなほっそい体のくせに、なかなか体力あるじゃないか。


……それにしても妙だ。


こんな島の小さい診療所になんの用があるのさ。
観光に来て体調でも崩しよったかね。

……いや、いやいやぁ。
足取りはしっかりしよるし、幽霊みたいに色白だけど具合が悪いようにも見えん。


「あのぅ……大丈夫ですか?」


オレは、照り付ける陽射しの暑さと、妙な焦燥に駆り立てられたせいで吹き出した汗を、Tシャツの袖で拭いながら振り返った。


「暑いでしょ。もうすぐだからさ、診療所」


すると、彼女はふふっと真っ赤な唇の端を僅かに上げて優美に笑い、ショルダーバッグから取り出したスミレ色のハンカチをすっと差し出して来た。


「すごい汗やねぇ。良かったら、これ、使こうて」


「えっ! いや、大丈夫さ!」


「ええから。はい、これ」


使こうて、と白く細い腕を伸ばして来る。

「あ、い――」


いや、大丈夫、と言おうとしてその言葉を飲み込んだ。執拗に断り続けるのも失礼かねと思って、ここは素直に受け取ることにした。


「すいません。ありがとう」


受け取ったハンカチからは、ほんのりといちご飴のような甘い香りがした。


「いいえ。気にせんといて」


と微笑んだ彼女を見てオレは驚かずにはおれんかった。オレは生まれてからずーっとこの与那星島の住人中の住人だ。だから、いま大体気温がどれくらいかの予想なんて朝飯前だ。いま、確実に32度はある。
それなのに。
彼女はこの暑さだというのに額に汗ひとつ滲ませていないのだ。


この色白さんは暑くないのかね。
不思議な子だねぇ……。


生まれてこのかた、おひさまに当たったこともないような、肌の向こうが透けて見えそうな、透明感がある。

こんなこと思うてしまうなんて失礼だって分かってる。分かってるけどさ。


まるで、幽霊みたいな子だねえ。











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