恋蛍2
うす汚れた白い外壁に、赤瓦屋根の平屋造りの小さな建物。


「着いたよ。ここさ」


とオレが先に【与那星島診療所】と書かれた重たい硝子のドアを押し開いて中に入ると、「おおきに」と彼女も続いた。
診療所内は冷房が効いていて涼しいけど、患者さんひとりおらずがらーんとしていた。
冷房の効いた診療所に入った瞬間、滝のように流れとった汗がひゅうっと引けていく。

「……なにね」

めずらしい。
いつもは集落のおじいやおばあたちが何人かおるのに。
今日は空っぽだ。

島のおじいおばあは健康だということか。最高だね。
玄関でサンダルを脱ぎ、木の靴棚から深緑色のスリッパを出して履き替えて中に入る。


「おるかねー」


奥に向かって声を掛けると、受付の窓口にひょっこりと顔を出したのは、


「はーい」


少し寝不足顔の美波姉ェネェだった。
目の下に誤魔化しようのないないくまがくっきりと出ているのを発見したけど、そこを指摘したらオレの命が危ういのを知っておるから、絶対に言わんことにした。


「よう、美波姉ェネェ」


やあ、と右手を挙げると、美波姉ェネェがぱっちりと目を見開いた。


「はさ! 結弦ぅ! どこか悪いの?」


美波姉ェネェは小柄だけど、元気で明るくてパワフルだ。
元気が動き回ってしゃべっとるようなもんだ。


通る声でハキハキとまあ良くしゃべる。


「風邪か? 風邪引きよったか? え? どこが悪いか言いなさい!」


けっこう美人なのに、スタイルだっていいのに、なんでか未だに独身の40歳。


出逢いがないだけさ、と言っているけど、たぶん、アイドルオタクの夢見る夢子ちゃんなのが原因だとオレは思っておる……ことは怖くて本人には言えん。
この案件はますますオレの命が危うくなってしまう。
言えん。言えん。


「違うさあ。届け物。これ、母さんが、みなさんでってさ」


狭い待合室の丸テーブルの上にドンと八重山藍染の風呂敷にくるまれた重箱弁当を置くと、


「エー! なになにー? それ、もしや、お弁当ね?」


食いしん坊の美波姉ェネェの鼻が効いたらしい。

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