恋蛍2
「さっすが姉ェネェだねえー! やったあ!」


受付のドアが豪快に開いて、中からブルーネイビー色のスクラブジャケットに白いパンツ姿で、パワフルな美波姉ェネェがぴゅーんと飛び出して来た。


「昨日は昼も夜もカップラーメンでさ、今朝は食べとらんしさ、もー腹ペコさあー」


風呂敷の結び目をするするほどいて、重箱のいちばん上の蓋をパカッと開いた美波姉ェネェは、大粒の瞳をキラーンと輝かせた。


「出たね! 肉じゃがー!」


美波姉ェネェは、母さんの肉じゃがが大好物らしい。
食堂のじゃなくて、自分の母親の作るのじゃなくて、民宿で人気の物でもない、オレの母さんが作る肉じゃが。
なんでなのか前に聞いてみたことがあるけど、美波姉ェネェはちょっと悲し気な不思議な笑顔で「しょっぱいからさ」と言っとった。

まあ、確かに。
オレも母さんの肉じゃがは好物だ。
白ご飯がすすむ。


「姉ェネェの肉じゃがは味が濃くて最高だば!」


ジューシーが俵おむすびになっているだの、卵焼きにスパムが入っているだの、ひとつひとつチェックして一喜一憂する美波姉ェネェは、遠足気分の子供みたいだ。


「美波姉ェネェ、父さんは? おる?」


「ああ、兄ィニィなら今」


醤油がしっかり過ぎるほど染み込んだ色のいちばん大きなじゃがいもをひと口で頬張って、もくもく咀嚼しながら美波姉ェネェが言った。


「ケイちゃんと一緒に午前の応診に行っとるよ」


「そうかね。まだ戻らんの?」


「仲間さんのおばあのとこだから、もうじき戻ると思うけどねぇ」


と、美波姉ェネェが教えてくれた直後、


「にぎやかだね。患者さんかね?」


【仮眠室】のプレートが掛けられた奥の部屋から出て来たのは、ケーシー白衣をかっこ良く着こなす葵先生だった。


今日も栗色の髪の毛をきちっと1本に束ねている。いつ来ても清潔感たっぷりだ。


「葵先生!」


オレが声を掛けると、葵先生がにっこり微笑んだ。


「あら、結弦やないの」


葵先生はかっこいい。
オレの憧れさ。
女医さんに憧れとるなんて言ったら変に思われるかもわからんけど、葵先生はオレの憧れるドクターさ。


そうさ。
あの日から、葵先生はオレの目標さ。









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