恋蛍2
今から6年前の秋。


与那星浜を見下ろす丘の上が、クワンソウのビタミンカラーで埋め尽くされた季節。
母さんは翔琉を42歳で産んだ。
高齢出産だった。


『父さん、明日から那覇だからね。明後日には帰ぇーるけど。母さんになにかあったら、葵先生に電話しなさい。いいね、結弦』


『いー。分かったさあ。オレがおるから大丈夫さあ』






それは、出産予定日のちょうど2週間前のことで、その日に限って父さんが本島の病院に出張で留守だった。


「ただいまあー! 母さーん、腹へったさー」


オレはまだ小学4年生で、学校から帰ると母さんがキッチンの床に倒れておった。


「母さん! どうしたのさ!」

「…結弦、あぁ……よかったぁ」


幸い、母さんの意識ははっきりしとった。
ただ、母さんのお尻のあたりは水浸しだった。


なんも知らんただの小学4年生のオレは、その時は漏らしたのかと思ったけど、後になって分かった。

破水だったのだ。

「結弦っ!」

母さんはオレの右腕を汗ばんだ手でぎゅっと掴んで、手繰り寄せた。


「結弦っ……葵先生に電話して……生まれそうなの」


「えええーっ!」


カレンダーに赤いまるが付いとるのはまだ2週間も先なのに。
こんなことってあるんか……まさか、流産というやつじゃないだろうか。
赤ちゃん、生まれてこれるんだろうか。
どうしよう。
どうしたらいいのさ!


オレは怖くて怖くて不安で、心細くて、頭が真っ白になった。
母さんの額には大量の脂汗。


「結弦っ……はやく、葵先生にっ」


大きなお腹を抱えてうんうん苦しむ母さんを前に、オレはパニックになって泣きながら診療所に電話をした。
出たのは、看護師のケイちゃんだった。

「海斗です! 比嘉海斗です! 葵先生おりますか? 助けてください!」
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