記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!





 鞄を持って立ち上がると、朔は雪乃の腰に手を当ててエスコートしてくれるという女性なら憧れそうなことだが、今の彼女は逃げたくてしょうがない。
 どうにか我慢しながらビルを出て、受付嬢からは見えない所まで来てから雪乃は朔から一歩離れた。

「どうしたの、ヒナ」

 突然、態度を変えた理由の分からない朔は、惑いの表情を浮かべている。
 その表情から、婚約者云々の話は聞いてなかったのだろう。
 だからか、そんな顔をさせてしまったということに、少なからず雪乃は心を痛めた。 

「ごめんね、朔。さっき、和人くんから連絡が来て打ち合わせになったから、ランチに行けなくなった」

「ああ、そうなんだ。ランチを一緒できないのは残念だけど、仕事なら仕方がないよ。タクシーで送るよ」

「いい。一人で大丈夫だから、朔はランチに行ってきなよ」

「でも……」

 眉をハの字にして困り顔を向けてくる朔に耐え切れなくなり、雪乃は走り出した。

「ヒナっ!」

 後ろから彼の呼び止める声が聞こえてきたが、とにかくその場を離れることしか頭になかった。
 もう東京にはいられない。
 近場の電車のホームに向かい、卓馬の家を目指す。



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