記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!
「この間、雪乃からあなたからの手紙について聞かれてたんだけど……返事が届かなかったことで、あの子を責めないでやってね。あなたのお祖父様たちに言われて、手紙は読ませていなかったの。その箱の中に全部入ってるわ」
「な、なんで……」
「お祖父様の考えとしては、雪乃が変な希望を持って長い時間……縛られないようにって。もしも、あなたが心変わりした時に、傷つかなくてすむようにって話だったんだけど……会ったなら分かったと思うけど、逆にあなたとの関係が途切れたことによって傷ついたんだから意味がなかったわね」
箱の蓋を開けると、わずかに黄ばんだり年月を感じさせる劣化が見られる手紙の束が入っていた。
忘れもしないイギリスの雑貨店に足を運んで、自ら選んだ便箋に涙が出そうだった。
唯一、恵理子から届く手紙で雪乃が作家になったと知り、本を送ってもらって読んだ時には、リアルなセックスシーンに怒りを覚えた。
手紙一つ返さず、自分の気持ちを知りながら、他の男のものになったことを。
あの時は、怒りに任せてバーに行きアプローチしてきた見ず知らずの相手を抱いた。
朝を迎える頃には自己嫌悪に陥り、逃げるようにその場を去った記憶は忘れもしない。
同時に、裏切られても、やはり雪乃が好きだと再認識した。
けれど、その全ては朔の勘違いだった。
「朔くん……これがコテージの住所よ。行ってあげて」
「俺は……」
彼女の前に姿を現す資格があるのだろうか。
ここまですれ違っていることを思うと、自分たちは一緒になったとしても、これから先も傷つけ合うだけじゃないだろうかと不安になる。
そんな迷っている朔の背中を押したのは、恵理子だった。
「今を逃したら、雪でコテージに行けなくなるわよ? 今夜遅くから、大雪になりそうなんですって。それと、あの子の車のタイヤは冬用に変えたんだけど……コテージに食料を補充しに行くのを忘れてたのよね。届けるついでだと思って会ってくるといいんじゃない?」
朔の頬を愛おしそうに軽く触れた恵理子は、準備をするためか席を外した。
手元に残された紙に視線を落とせば、小さなメモ帳には長野県の住所と電話番号が鮮明に書かれている。
場所が正確に分かってしまえば、心は雪乃の元へ行きたいと叫ぶ。
「ほらほら、速くしないと和人くんにメモを取られちゃうわよ? 車に運ぶから開けてちょうだい」
「今開けます、恵理子さん」
誰かに雪乃の隣を譲る気のない朔が、決意を込めて立ち上がると、恵理子は嬉しそうに笑った。