記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!





「本気で嫌なら、引っ掻くでも殴るでもして。そうじゃなければ、俺はやめない。寝室はどこ?」

「あの……正面の扉」

 答えなければいいものを、雪乃は反射的に答えていた。本音を言えば、朔の考えも悪くないと思う自分がいる。
 再認識した通り、朔のことが好きだ。
 それどころか、子供の頃とは違い心底愛している。
 今までもそうだったように、これから先も彼以上に愛せる男性が現れないことも分かってしまった。
 朔に背を向けた途端、あと残り何十年と一人きりで過ごす人生が広がる。
 前までの雪乃なら、躊躇わずその人生を歩んでいただろう。けれど、共に過ごした数週間で、気持ちは育ちに育ち、心に穴を開けた状態のまま過ごせるかは怪しいものだ。
 きっと、前ほど幸せだと感じる瞬間は減るだろう。
 朔の腕の中で揺られながら、切羽詰まったような横顔に雪乃はそんなことを考えていた。
 前回、酔っていて何一つ覚えていないホテルでの出来事を、今度は素面で体験すると思うと酷く緊張してくる。
 器用に肘で寝室の扉を押し開けると、がちがちに力の入っている雪乃の体を柔らかなベッドに横たえ、足の間に体を割り込ませた。

「嫌なら最後のチャンスをあげる。ただし、その時は生半可な気持ちじゃなくて、ヒナのことを嫌いになるくらいとことん傷つけて」

 ベッドから見上げた彼の瞳は、真剣であり、どこか不安と哀しみがこもっていた。
 冗談で嫌だと言うだけでも、脆く崩れ落ちてしまいそうな危うさがある。
 雪乃だって好きなのだから、拒めるはずがない。
 むしろ、拒む理由がないのだ。




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