記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!
最上階には二部屋しかなく、今は売りだし中のためより気楽である。
自室の前でパネルに親指を押し当てると、鍵の開く軽やかな電子音がした。雪乃のために扉を押し開け先に通すと、中に入ると靴を蹴り脱ぎゲストルームへと真っ直ぐ向かった。
卓馬の部屋は3LDKで、そのうちの一つは雪乃用にしてある。好きな本、好きなアロマ、好きな音楽、パソコン、専用のバスルームとトイレ、ベッドが置かれていた。
卓馬が付き合った相手と長く続かない理由の一つかもしれない。
簡単に部屋に上げない彼が、ようやく招いたと思えば、見ず知らずの女の為の部屋が用意されている。
誰が許すというのだろうか。
決まって、初めて部屋に招いた後には別れを切り出されるのが常だ。
卓馬の中で、唯一相手に求めることは、雪乃を受け入れてくれること。変に勘繰らず、邪険にせず、卓馬の一部だと理解いてくれることだけを望んでいる。
けれど、それが一番の難題でもあった。
雪乃をベッドに腰掛けさせ、卓馬も隣に座ると重みでベッドが音を立てて沈んだ。
「あっ……ごめん。家に行ってくれればよかったのに」
「んなわけいかねえよ。旅行中だろ? お前の両親」
「うん……明後日だったかな帰ってくるの」
「なら、それまで泊まってけよ。急ぎの仕事はないんだろ?」
「今の分は順調にいってて、締め切りまでまだあるから大丈夫」
「なら、決まりだ。今日はもう寝ろ。話は明日しよう」
ベッドから立ち上がり、卓馬は部屋から出ていこうとしていたが、コートの裾を引っ張られる感覚に足を止めると振り返った。