記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!





「走って汗かいてるから、さっとシャワーを浴びてきてもいいかな?」

「う、うん。玄関の鍵は開けておくから、勝手に入ってきて」

 雪乃が受け取ると、気のせいかもしれないが頬を上気させて朔は部屋に戻って行った。
 その背中を見送り、二つの紙袋を手にリビングに戻りテーブルに置いた後、両手に顔を埋めていた。
 自分はどうしてしまったのかーー。
 考えても仕方がないことに頭を悩ませるのは、自分らしくない。
 気を取り直して、準備をしよう。
 男性のシャワー時間の平均は知らないが、卓馬を参考にするともうそろそろ来るかもしれない。
 雪乃は食器棚から二枚の皿とマグカップを二つ取り出して、トングを使って皿の上に並べはじめた。
 朔の紙袋には惣菜パンが入っていて、雪乃の紙袋にはクロワッサンやごまパンが入っている。
 卓馬に聞いたのかは分からないが、まさに雪乃の好みど真ん中だ。
 鼻歌を歌いたくなるほど上機嫌な雪乃は、好みのコーヒーが飲めるコーヒーマシーンにポーションをセットすると、カップをセットしてボタンを押した。
 出来上がったコーヒーがカップに注がれるのを見ながら、朔は何を飲むだろうかと思いを馳せる。
 かつては苦いから飲めないと、ココアばかりを飲んでいた彼だが、もういい大人だ。好みが変わっている可能性もある。
 ココアのポーションを手にはしていたが、勝手に用意しないで聞いてからにしようと一つずつ持っていると、玄関の扉が開く音がした。
 
「ごめん、お待たせ」

 その言葉に顔をあげると、まだしっとりと髪を濡らしたままの朔が入ってきた。
 いつも卓馬といる空間に、もはや知らない人レベルの朔がいる違和感がすごい。そもそも、恋人でもない異性と二人きりというのはどうなんだろうと、今更ながら考えている雪乃の前で足を止めた朔は、彼女が持っている物を目にして柔らかく微笑んだ。
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