記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!
「前は、速さが自慢のスポーツカーに乗ってたよ。けど、日本に帰国が決まって、その車は友人に譲った。代わりに大切なヒナを乗せても安全な車……っていう思いで選んだんだよ」
「な、なんで?」
「なんで? なんて言わないでくれ。俺はずっと、この日のために毎日を送っていたんだから」
何と返すべきなのか分からずにいると、朔は前に視線を戻してしまい車がスムーズに動き出した。
流れる景色をただぼんやりと眺め、この辛くはない沈黙の中で考える。
きちんと別れの挨拶と、帰ってくるという約束があったら、関係は違っただろうかとーー。
雪乃は、はっとした。
考え事を中断させる着信音が、鞄の中で鳴っていた。
着信音で電話だということが分かって朔に目を向けると「出たら?」という短い了承が出たため、雪乃は通話ボタンを押した。
「もしもし、和人くん? どうしたの?」
「あ、雪乃さん。お休みの期間にすみません。次回作の資料は見つかりましたか?」
電話の相手は二歳年下のーー相馬和人。
雪乃の担当の一人で、いつも気にかけてくれる料理男子だ。そんな彼は、時々こんな風に用がある振りをして生存確認の電話を寄越す。卓馬と似た感じがすることから、雪乃もあまり緊張することなく付き合える貴重な存在である。
「大丈夫だよ。今日も書店でいくつか見つかったし」
「そうですか。ならよかったです。ところで、食事はきちんと摂っていますか?」
「執筆期間中とは違って、三食ちゃんと食べてますよ」
「そう言いますけど、雪乃さんのちゃんとは当てにならないんですよ。カップ麺ばかりじゃなく、ちゃんとした料理を食べてくださいよ?」
「はいはい、わかりました。でも、そのうち和人くんの手料理が食べたくなるかも」
「その時は電話でもメールでもいいので、連絡下さい。雪乃さんのためならいくらでも作りますから」
軽い挨拶を終えて電話を切ると、隣から小さなため息が聞こえてきた。