記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!
「なにが可笑しいのさ、ヒナ。俺がどんなに心を悩ませていても、そうやって余裕だよね」
「ごめん、ごめん。卓馬と私の仲をそんなに悩む必要ないんだもん。卓馬には、百合ちゃんって想い人がいるんだから」
「へっ?」
白久保百合は、卓馬の店の常連であり、トリミングサロンを経営する女性だ。
背が高く、とても柔らかな美しさを持つ、人気のトリマーである。
雪乃も会ったことがあるが、短く切られた爪と香水をつけていないところに好感をもった。
保護団体のために、ボランティアでシャンプーやカットもしている優しい性格で、卓馬が引かれるのも無理もない。
「だから、私もそろそろ卓馬離れをしないと」
「へー、あの卓馬に想い人ねえ。じゃあさ、卓馬離れの練習だと思ってコレを受け取ってよ」
机の上を滑らせるように差し出されたのは、このマンションのカードキーだった。
「寛いだり、泊まったりは俺の家でしてよ」
カードキーが朔の家のものだというのに、雪乃は遅れて気がついた。
「それで、そのまま俺を受け入れて」
素直に頷くことも、受け取ることも出来なかった。
雪乃の中にある朔に対する印象は、昔から持っている羊だったはずなのに、目の前にいる彼からは獲物を前にしたオオカミのような印象を受ける。
簡単に答えてはいけない。
雪乃の中にある危険を感知する部分が、警告を発している。
朔が口にした「受け入れて」という言葉の中には、カードキーと想いの他に、性的な意味も含まれているニュアンスだった。
どうするべきか分からないでいると、ふっと表情を和らげた朔はカードキーを机の端に寄せた。