記憶の中のヒツジはオオカミだったようです!



「……考えておいて」

 猶予期間を与えられ、また食事を再開させながら頭の片隅ではさっきの言葉が何度も再生されている。
 卓馬に提案された時には即決できたのに、朔相手だと難しい。
 卓馬に家族愛以外の感情を一度も抱いたことが無かったが、朔には違う。
 初恋の相手だ。
 今も昔も、朔以上に好きになれる相手はいなかった。
 そう話すと、香穂は「小鳥の刷り込みみたい。男はあいつ一人じゃないんだから、もっと合う相手がいるかもよ?」なんて言われたものだ。
 その時は、子供の頃の天使面に騙されて好きだと思い込んでいたのかもしれないと結論づけたが、大学に行っても作家になった後も好きだと少しでも思える相手に会うことは出来なかった。
 もう二度と会うことはないだろうと思っていた相手に会うと、こんな気持ちになるとはーー。
 今はどう見ても天使じゃない。
 ふわふわの巻き毛は漆黒の髪に変わり、まっすぐに見つめてくる瞳は青から灰色に変わっている。

「ところで、あんたって天使みたいな栗色の巻き毛で、青い瞳じゃなかった? 初めて会った時、お母さんに天使がいるって言ったのを覚えてるんだけど?」

「よく覚えてるね。でも、あれは母親が俺にカツラを被せて、カラーコンタクトをつけさせられていただけの偽物だよ。目が灰色でイジメられるから、似合うように装いなさいってさ。でも、コンタクトをつけたのは、その一回だけだよ」

 次々と料理を平らげていく中で、なんでもないことのように呟いた。
 
「でも、それって小さい頃の話でしょ? 中学も高校もそのままだったのはなんで?」

「うーん、馴染みすぎてカミングアウトの機会を失ったから、そのままになったんだよ」

「モテたかったからじゃなく?」

 そう言ってやれば、朔はゴホッとむせて烏龍茶で飲み下した。



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