徹生の部屋
笑い疲れてベッドにドサッと腰掛けた徹生さんは、不意に真顔になる。

「それにしてもだ。自分のことを、腐った飯だなんて言うもんじゃない」

予想外に真剣な眼差しを注がれ、せっかく収まっていた動悸がぶり返してきた。
動揺を悟られまいと必死な私に、彼は見せつけるように長い脚を優雅に組み替える。

「まだ二十代半ばだろう? 十分食べ頃じゃないか」

一変して艶めいた色をのせた瞳と、意味深な微笑を向けてきた。
もう、心臓も顔のほてりも限界!

「きっ! きっと、景色もステキなんでしょうね」

真夜中、冷房が効いているにもかかわらずのぼせそうな頭と心を冷やすため、背後にあるフランス窓を開け放った。

「あ、バカ! 開けるな!!」

徹生さんの制止は間に合わない。
疑問に思う間もなく、屋敷中にけたたましい警報が鳴り響く。

「え、なに? 泥棒!?」

「曲者はおまえだ。家中の窓にセキュリティがかかっているというのに、勝手に開けやがって」

口汚く罵ると、苛立ちを隠さずに立ち上がりドアに向かう。

「じきに警備員が駆けつける。俺は対応にでるから、おまえは先に姫華の部屋に行っていろ。プレートがあるからわかるはずだ」

振り向きざまに言い捨て、徹生さんは一階へ降りていってしまった。

彼の剣幕に圧倒され、返事も窓も締めることも忘れて、ふらふらと廊下を進む。

「あ、ここだ」

『ひめかのおへや』と拙い文字で書かれたキャラクターのドアプレートをみつけた。
模様替えをしても変えなかったのは、きっと思い出の品だからなのだろう。

「失礼します……」

無人のはずの室内には挨拶して入室した。

廊下からの灯りを頼りに、照明のスイッチをドアの横にみつけて点けると、そこには私が思い描いていた通りの部屋が姿を現す。

就職したばかりの姫華さんの希望は、慣れない仕事で帰ってきて眠るだけになってしまった部屋を、心身ともに落ち着ける空間にすること。

それは桧山家具のコンセプトと見事に合致した。

女の子の永遠の憧れであるプリンセスの部屋みたいだった彼女に、私は真逆ともいえる和モダンを勧めてみた。

海外から帰国したばかりともいうこともあって、姫華さんはその提案をとても気に入ってくれたのだ。


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