徹生の部屋
眉根を寄せた険しい表情に、そこまで不味いものがあったのかと恐れおののいたけれど、どうやら違ったみたい。
小鉢と箸を置いた徹生さんは、再生中のボイスレコーダーを取り上げて耳に近づけた。

何度もボタンを操作して繰り返し音声を聴き、そのたびにどんどん眉間のシワが深くなっていく。

「どうしたんですか?」

問いかけると、徹生さんは広いダイニングテーブルの真ん中にボイスレコーダーを置いた。
音量は最大になっていても無音が続いているように感じ、身を乗り出して小さな器械に近寄る。

あれ?

しばらくして、耳が微かな音を捉えた気がした。目線で彼に問うと、頷いて少し戻ったところからもう一度聴かせてくれる。

コトコトか、カサカサか。
本当に小さすぎて形容が難しいくらいの音が、レコーダーから聴こえてきたのだ。

「なんですか、この音」

「さて? 時間的には3時から4時ごろだな」

「姫華さんが聞いたのは、こっちの音だったのでしょうか」

家鳴りとは明らかに質の違う音が、あの部屋でしたということか。

異音の正体は予想通り家鳴りということで解決。
家鳴りは時が経って、木の呼吸が落ち着くのを待つしかない。当分の間は、あの音に付き合っていただくことになる。
どうしても嫌だといわれたら、返品や交換が可能か店長とも相談しなければならないが、どの商品が原因かを突き止めるのはなかなかに困難だ。

体調の件は姫華さんが帰国してから詳しく伺うことにして、食事の後片付けが済んだら、そうそうに桜王寺邸をお暇しようと思っていたのだけど。

「非常に残念だが、このままではまだ、楓を帰すわけにはいかないな」

勝ち誇ったように弧を描く口元は、全然残念そうにはみえない。

こうして新たな問題の出現により、私はこの屋敷での滞在を否応なしに引き延ばされることとなってしまった。

だけれど、いつの間にか、彼の前にあるすべての食器が空になっていることに気づいて、あと少しならいいかな? などと思ってしまった自分に驚いてもいた。









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