徹生の部屋
現れたのはスーツのジャケットを脱ぎネクタイを緩めた青年。
しっかりとした厚みのあるオーク製のドアを片手で押さえ、細めた目で見下ろされる。

「君が桧山家具の?」

「はいっ! 井口楓と申します」

スーツのポケットに入れた名刺入れを取り出し、中から一枚差し出す。
桧山家具の名刺は、ヒノキを極薄く削ったものを使用していた。木製という物珍しさに加え、爽やかなヒノキの香りが仄かにするのでなかなか好評なのだ。
お客さまと、そこから話が広がることもある。

だけど彼は一瞥しただけで、特に興味を示さなかった。胸元に手をやり、そこに目当てのものが無いことを思い出したのか、その手で私の名刺を受け取り口を開く。

「申し訳ない。いま、名刺が手元になくて。俺は桜王寺徹生。姫華の兄だ」

ワイシャツの胸ポケットに名刺をしまい、身体を斜めにして私を内側へと誘う。そんな些細な仕草がいちいちノーブルで、これは確かに姫華さんと兄妹だと納得させられた。

洋館というから、てっきり中も靴のままなのだろうと予測していたけれど、二階の天井まで吹き抜けになっている玄関ホールのマットの上にスリッパを並べられる。
意外に思った私の表情を読んだのか、桜王寺さまはふん、と鼻で笑った。

「嫁いできた元武家出身の曾祖母が土足を嫌がったらしい」

その気持ちはすごくよくわかる。私はスリッパの中で密かに足の指をもぞもぞと動かした。

廊下に敷きつめられた絨毯の上を、桜王寺さまの後に続いて進む。照明が点いた廊下は明るいけれど、この館の中にはほかに人のいる気配がしない。

まさか、この広い家に兄妹ふたりで暮らしているわけではないよね? まだ寝付くには早い時間だと思うのだけれど。

桜王寺さまは、手摺りにまで緻密な彫刻が施された階段のあるホールの左手の扉を開ける。そこが応接間だった。
















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