花の刹那
さて、香。
きりとの稽古が終わったのは、父・賴成が、兄に、佐野と桐谷の軋轢について、ちょうど話し終えた頃だった。
「姫、刺繍のほうも、だいぶ上達されましたね」
「本当か!よかったあ!」
「この調子でしたら、近いうちに、小袖のひとつも縫えるようになるかもしれませぬよ」
「え!自分で服を縫えるようになるのか!」
「然様で。まあ、御方様がお召しのような単(ひとえ)はまだ難しゅうございましょうが…簡単なものなら、すぐに出来ますよ」
「そうかー!楽しみじゃのう」
普段は男子に混じって木刀を振るう香も、こういう話をするときは、じつにおなごらしい顔になる。
きりは、あるじのお転婆な一面も、案外おなごらしい一面も、どちらもこよなく愛していた。
しかし、嫁入りすれば、このお転婆な一面は、どこかへ行ってしまうのではないか。
それはあまりにもおかわいそうだ、という思いがあった。
そのいっぽうで、もう少し落ち着いて、おなごらしくして欲しい、という思いもあった。
きりもまた、複雑な心境で、香の将来を案じている。
当の本人は、そんなことは全く分かっていないようだが。
「…それでは姫様、きりはこれにて」
「ああ、うん。苦労であった。下がってよい」
「はっ、失礼致します」
ーー何をしようかなあ。
「…あっ」
(そうだった、十蔵に、佐野と桐谷の話を聞くんだった!)
そう思い出して、香は、使用人の住む長屋へ駆けて行った。