晴れのち曇り ときどき溺愛
 見城さんも帰ってしまい、一人になると営業室がより広く感じられる。妙に自分のキーボードの音が響いていて、資料を捲り、プリントアウトしたものを赤ラインをチェックして、また自分のパソコンでシステムの見直しをする。

 一つ目のラインの部分の見直しが出来たのは八時を過ぎていた。まだたくさんのラインの箇所はあるけど、でも、一つでも自分の中で納得出来たものが出来たのは足掛かりになる。


 仕事が少し落ち着くと考えてしまうのは下坂さんのことだった。下坂さんは親会社に行って直帰したのだろうか?不意に思い出すのはあのパーティの夜のことだった。優しい下坂さんと一緒に楽しい時間を過ごして、少し近づいたと思った分、苦しい。

 私の知らない背景のある下坂さんは別の世界に生きる人。一緒に過ごした時間は夢だったと綺麗な思い出にしてしまう方がいい。


『恋はしなかった』と。


 私が営業室を出たのはそれから直ぐで、会社の入るビルの正面玄関は既に閉まっていて、私は守衛室のある夜間出入り口から外に出た。思ったよりも遅くなってしまった月曜日の夜、私は真っ直ぐにどこにも寄らずに自分の部屋に帰ったのだった。
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