魅惑への助走
 まだ日没前で明るいので、夏祭りに訪れる人たちは子供の集団か家族連れが多い。


 まさしく地域の一代イベントという感じ。


 商店街主催なので、怪しげな露天商なども存在しない。


 「金魚すくいだ」


 縁日の定番、金魚すくいコーナーもあり、親子連れなどが金魚を見て騒いでいる。


 生き物は飼ってもすぐに死んでしまうし、第一面倒を見る暇がないので、私は飼わない主義だったのだけど……。


 「上杉くん。見てあの金魚」


 浅い水槽の中を、出目金が泳いでいたのだけど。


 その出目金、片目がなかった。


 普通の金魚だったら見つけにくかったけれど、出目金の場合目が飛び出しているので、その一つが欠損しているのは非常に分かりやすかった。


 「食べられた跡もないし、生まれつきなんだね」


 上杉くんもその出目金を、まじまじと眺める。


 「これ一匹かな」


 「生存競争的に不利だよね。かわいそうだね」


 二人して露店の前にしゃがみながら、その出目金の今後を憂いていたところ、


 「お二人さん。それ気に入ったかい? お代は要らないから連れて帰らない?」


 露店のおばちゃんに提案された。
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