魅惑への助走
 「え、でも……」


 そう提案されたものの、私は戸惑った。


 かわいそうだとは思うけど、世話をきちんとできるか自信もないし……。


 「じゃ、僕がいただきます」


 上杉くんが出目金を引き受けることになった。


 「ほんとによかった。お客さんみんなこの子を避けるし、売れ残り間違いなしで今後を案じていたんだよね」


 露店のおばちゃんは嬉しそうにその出目金を捕まえ、専用の袋に入れた。


 「かわいがってもらうんだよ」


 おばちゃんは上杉くんに袋を渡す前に、出目金に別れの挨拶をした。


 そして出目金は、完全に上杉くんのものになった。


 「売り主が優しい人でよかったね」


 上杉くんは満足そうに、袋越しに出目金を見つめた。


 売り主によっては売り物にならないからって、捨ててしまったりなどひどい扱いをすることもあり得る。


 でもこの出目金は優しい売り主に恵まれたおかげで、こうやって上杉くんに引き取られることができたのだ。
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