魅惑への助走
 「お姉さん。そのお面買うのかい?」


 はっ。


 戻ってこない上杉くんを待ちわびながら、私はお面屋さんの前でポケモンのお面を両手で抱えたまま立ち尽くしていた。


 「あ、すみません。か、買います」


 本気で買うつもりなどなかったのに。


 私物化したように抱きかかえていた手前、買わざるを得ない状況だった。


 焦って小銭を出して、ポケモンのお面を購入。


 そして振り返ると、上杉くんたちの姿が見えない。


 さっきよりお祭り会場も混んできたせいか、人ごみで遠くまで見渡せなくなっている。


 時間帯は黄昏時。


 辺りはそろそろ、夜の闇に包まれようとしていた。


 「いい年して迷子にはなりたくないよね」


 さっき上杉くんたちがいた辺りに着いても、その周辺には見当たらない。


 どこかに移動しちゃったのかな。


 念のため携帯電話で発信してみる。


 出ない。


 電源はオフではないようだけど、周囲の喧騒で着信に気づいていない可能性が高い。
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