魅惑への助走
 上杉くんに、私の仕事を知られたくない。


 AV製作の仕事。


 恥ずべきこととは思いたくはないのだけれど、未だ根強い世間の偏見に私は打ち勝つ自信がない。


 真実を知られた時、上杉くんに引かれたり、逃げられてしまいそうで怖い。


 もしも今ここで、片桐がAVのことを口走りでもしたら。


 それ以前に上杉くんが、片桐の顔を知っている可能性もある。


 AVになど興味のない、欲望とは最も遠い場所にいそうな存在である上杉くん。


 とはいえ上杉くんだって、24歳の生身の男性。


 私がいくら否定しようとも、性的なものへの関心だってゼロではないだろうし、家でこっそりAVを鑑賞しているかもしれない。


 数多くのソフトを鑑賞すれば、売れっ子男優である片桐の作品に行き当たるかもしれない。


 ……そんな事情もあり、全てを隠し通すのはもはや不可能なような気がしてきた。


 いつかは知られること。


 そう思えば幾分開き直ることができる。
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