魅惑への助走
 「あっ、アダルトビデオーーー!?」


 私は思わず声を上げ、その際手が触れてグラスの水をひっくり返してしまった。


 「あ、明美ちゃん! 声が大きいよ」


 「あ……」


 口を押さえてももう手遅れ、ランチタイムよりはまだ早いゆえ、店内のお客さんはさほど多くはない。


 営業の合間に立ち寄る会社員が多い。


 そんな彼らは、太陽の眩しい昼下がりに耳に飛び込んできた「アダルトビデオ」という単語に驚き、一斉に私たちの方を見る。


 「だって……。先輩がアダルトビデオの脚本だなんて。まさか先輩がそんな」


 どちらかといえば榊原先輩は、日本史専攻だった影響もあり。


 江戸時代から幕末にかけての本格派時代物小説が、本職ではなかったっけ!?


 「う~ん。時代ものは年取った人がじっくり調べながら書いたほうが、どうしても本格的だしね。私のような小娘が書いたものは、まだまだ底が浅くて薄っぺらく評価されることが多くて」


 「……」


 「公募の落選作を、携帯小説に発表してみたんだ」


 「携帯小説?」


 噂には聞くけど、実際読んだことはない。
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