魅惑への助走
 「いや……!」


 しばらく唇を押し付けられた後、強引に舌を入れられそうになったので。


 全身の力を振り絞って、突き放した。


 「減るものじゃないのに。馬鹿だね」


 せっかく振り解いたのに、再び片桐に唇を塞がれる。


 唇を離すのに夢中になっていたその隙に、片桐の手が服の下に忍び込んで来る。


 「触らないで!」


 胸に触れられ、下着を外され、そのままもてあそばれそうになった。


 死ぬほど嫌だった。


 昔はお金のため、出世のため、好きでもない男たちとこういうことを、数え切れないほどしてきたにもかかわらず。


 一瞬我慢すれば、それと引き替えに相応のものを手にできるので、必要悪と割り切って。


 いや、それでもやはり、好きでもない男と体を重ねるのは苦痛で。


 まともな思考のままでは耐えられないから、行為の前後は何も考えないようにしていた。


 空しさだけが残るくらいに。
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