魅惑への助走
 当時、相手の男に恋人や妻がいようとも、意に介さなかった。


 誘ってきたのは向こうのほうだし、どうしたも私を抱きたいっていうから、こっちは仕方なく付き合っているだけ、と理由付けして。


 人の迷惑なんて考えてなかった。


 きっとこれは、今まで好き放題やってきたツケだ。


 名を挙げるために、好きでもない男と寝ることも厭わなかった。


 その報いで、せっかく好きな人ができても幸せになれないんだ。


 このまま片桐に襲われ、上杉くんに重大な裏切り行為をしてしまう。


 上杉くんは、許してくれるかな。


 きっと軽蔑され、そのまま疎遠になってしまうんだろうな……。


 それらのことをあれこれ頭の中で考えていたけれど、実際はほんの一瞬のことだったと思う。


 片桐が強引に、私の中に入って来ようとした時だった。


 「ぎゃっ」


 いきなりうめき声を上げた。


 「?」


 ちょうど勧善懲悪モノの時代劇なんかで、ドラマのクライマックスに突然背後から刺される悪人のような表情。


 まさか本当に、誰かが片桐を刺した!?


 驚いて顔を上げると、そこにはなんとりらさんが。


 履いているピンヒールの踵を、片桐の背中に突き刺していた。
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