魅惑への助走
 「気持ち悪い!」


 唇を拭い、感触をかき消そうとしたものの。


 嫌な記憶はなかなか消えていかない。


 そのまましばらく玄関先の段差に腰掛けて、上杉くんを待ってみたものの。


 日付が変わりそうになってもまだ、戻ってくる気配はなかった。


 ただ温い風が、ゆっくりと肌に触れるのみ。


 しばらく待ち続けて、そのうちなんか空しくなってきて立ち上がった。


 ゆっくりと歩き出し、今来た道を戻る。


 今ならまだ、最終電車を見送らないで済そうだ。


 鳴らない電話はバッグに入れ、再び駅へと向かう。


 閉店後、シャッターの下りた商店街はさらに静けさを増し、夜の闇に包まれるとゴーストタウンのよう。


 昼間はあんなに賑わっているのに。


 営業中なのは、曲り角のコンビニくらい。


 そこだけ煌々と灯りが漏れていて、眩しいくらい。


 ふらふらと店に入った。


 そのままレジの手前で販売促進中の、新発売な女性用煙草に手を伸ばす。
< 292 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop