魅惑への助走
 「タクシー拾うのも面倒だし、俺の部屋に来る?」


 「……うん」


 上杉くんのアパートに戻ることになった。


 徒歩五分程度。


 上杉くんの部屋にお邪魔するのは、実は初めて。


 「……それにしても驚いたよ。まさか店の前で明美に会うなんて」


 歩き出してすぐに、上杉くんは話し出した。


 「今日は飲み会で遅くなるって聞いてたし、会えるなんて全く予想外だったから」


 駅に向かってまっすぐ歩いていれば、会う可能性はなかった。


 私どうして、コンビニに立ち寄ろうなんて考えたんだろう。


 (煙草!)


 そういえばさっき、煙草を吸っているのをばっちり見られてしまった。


 慌てて吸殻を灰皿に押し付けたけど、手遅れだろう。


 男女平等を標榜する世の中とはいえ、煙草を吸う女にあまりいい顔をしない男は多い。


 煙草を吸う女は嫌いと公言する男も少なくないので、万が一を想定して、上杉くんの前では煙草を吸うのは隠していたのに。
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