魅惑への助走
 「さてオーダー、」


 「あの、私。……お水だけでいいです」


 「え?」


 葛城さんはメニュー片手に驚いている。


 「もしかして、体調悪かったとか?」


 「いえ、そういうわけじゃなくて……。ここのお店、高すぎて……。アペタイザー(前菜)の類でも数千円するし。給料前でちょっと予算が」


 「何言ってんの。明美ちゃんに払わせるわけないでしょ」


 「でもそんなわけには」


 「今日はこっちから誘ったんだから。第一俺が十歳も年下の女の子に支払わせるとか、そんなかっこ悪いことできるわけないって」


 「それでも、」


 「水だけでいいって言ったよね。ここのような高級イタリアンレストランって、普通のお店のお冷とは訳が違うんだよ。ちなみにミネラルウオーター一杯、800円」


 「えっ!?」


 つい大声を出してしまった。


 お水一杯800円だなんて、庶民の私からすると、ぼったくりバーみたいな価格設定。


 だけど高級な世界では、常識のレベルもまた違うのだと実感……。
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