魅惑への助走
 「リョウ……」

 強く抱かれ、一つに繋がり幸せな時間のはずなのに。


 サツキの表情も声も、どこか切ない。


 この愛の行為が終わりを迎えると共に、二人はピリオドを迎える。


 愛する男を射殺するという、世にも残酷な幕の引き方で。


 ……本番シーンの撮影開始と共に、スタッフの緊張度はさらに高まった気がする。


 カメラも集音マイクも、ベッドの回りに張り付いている。


 「椿ちゃんの右手をクローズアップ。そろそろ枕の下のピストルに手を伸ばし始めるから」


 松平監督がセックスの最中も、細かい指示を与える。


 榊原先輩はアシスタントディレクター(AD、助監督)で、監督の補佐的立場。


 機材が画面内に映り込まないよう、細かくモニター画面などでチェックしている。


 「さ、そろそろよ……」


 絶頂の時が近づく。


 目の前の行為に夢中になり、四六時中張り巡らしている緊張の糸が、一瞬途切れるその瞬間。


 サツキはその瞬間に狙いを定め、快感に打ち震える自らの体を必死で堪えながら、右手を枕の下の拳銃へ。
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