魅惑への助走
 体中の血が沸き立つような感覚の中、罪の意識も彼氏の面影も薄れ……。


 「可愛い……」


 抱かれている時、男に囁かれて最も嬉しいのは、その単純な一言かもしれない。


 全てを曝け出してよかったと思える。


 この人は私の体をいつしか知り尽くしていて、どうすれば一番感じるか、どんな言葉が私をさらに燃え上がらせるか、把握してしまっているようだ。


 「こんなに素敵な明美を、もう他の誰にも触れさせたくないな」


 二人きりの際はいつの間にか、「明美」と呼ばれるようになった。


 「もう彼氏の所に帰るななんて、言ったらだめかな」


 葛城さんは会うたび、そして抱き合うたびにシーツの中でいつも同じセリフを口にして、私を困らせる。


 「無理です。だってあの部屋、私名義なんですから」


 抱き合う充実感の中では一瞬、もう他に何もいらない気持ちを覚えたりもするけれど。


 徐々に熱が冷め、我に返ってくると……嫌でも現実に引き戻される。


 私には帰るべき場所と、待つ人がいる。


 「まるで不倫してる若妻みたいだね」


 葛城さんは苦笑するけれど、それが現実。
< 420 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop