魅惑への助走
 ……私が上杉くんに別れを切り出せない理由。


 自分が悪者になりたくないというのが一番。


 身勝手なことは重々承知だけど、自分の浮気を理由に上杉くんを追い出す勇気は私にはなかった。


 それに情もある。


 そんなに長い間ではないけれど、共に過ごした時間は濃密で、重ねた時間の分だけ情も移っている。


 自分の身勝手で簡単に切ることはできずに……。


 「別れさせ屋ってプロというか業者ならば、料金が発生しますよね」


 「実は知り合いにいるんだ。もし明美が頼りたいっていうならば、俺が依頼して金も払うけど」


 「……」


 別れを急ぐ場合、それは有効な手段かもしれない。


 自分は直接手を下さず、悪者にもならず、全ての責任を上杉くんに押し付けて……。


 私は被害者として、堂々と葛城さんの元へ走ることができる。


 それは分かっているのだけど。


 「そんなこと、とてもできません……」


 業者を雇ったその後の展開を想像しただけで、私はつらさのあまり目には涙が浮かんできた。
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