魅惑への助走
 「一刻も早く明美を俺だけのものにしたくて、先走りすぎたかもな」


 葛城さんは、別れさせ屋の件は撤回した。


 「余裕とかプライドとかも、どっかへ吹っ飛んじゃうんだ」


 「ごめんなさい。私がなかなかはっきりしないから。……いずれきっと」


 答えは出さなければならない。


 それは分かり切っている。


 「焦って明美を困らせないようにする。俺はずっと待ってるから。ただ、折を見て逢うのはやめたくないんだ。もう明美なしでは……キツいかも」


 「葛城さん、」


 「どんなに偉そうなこと口にしても、本音は明美が欲しい。それだけ」


 「……」


 過去の様々な男たちとの、愛のない行為に疲れていた私は、上杉くんと付き合うようになってようやく、心の底から満たされる安らぎを手に入れることができた。


 それはかけがえのないことだったはずなのに……。


 いつしか私は安らぎを当たり前のこととみなすようになり、また新たな刺激を求めて彷徨い始めていた。


 飢えた獣のように。


 今宵もまたホテルの一室、吐息と汗で乱れたベッドの上で、時を忘れたまま夜は更けていくのだった。
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