魅惑への助走
 「……そろそろ帰らないとまずいよね。送っていくから」


 葛城さんの声で目を覚ました。


 腕を絡ませたまま寝てしまったようで、まだ真っ暗な部屋の中。


 重い瞼をこじ開けて時計を確認すると、午前四時くらいだった。


 「明美?」


 起き上がろうとする葛城さんの腕を掴んだ。


 「今日は……、帰らなくていいから」


 「え? 俺は嬉しいけど、帰らないと明美がまずいんじゃないの。家ではあいつが待ってるわけだし」


 「徹夜で残業ってことにしておけば、あの人何も言わないから」


 「嬉しいような、何か複雑な気分なような」


 葛城さんは苦笑いを浮かべ、再び横たわった。


 「じゃ朝は、ここから直接出勤しようか」


 なぜかこの夜は葛城さんと離れたくなくて、ついに外泊をしてしまった。


 今までは朝帰りであろうと、一度は帰宅するようにしていたのに……。
< 425 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop