魅惑への助走
 「……どうしたの明美?」


 私の異変に気が付いた上杉くんが、食事の手を止めて私を見た。


 「美味しくなかった?」


 私はうつむいて涙を浮かべていたものだから、上杉くんは慌てふためいている。


 「違うの。私ってとても恵まれていると思って……」


 「恵まれてる?」


 「うん。いつもこんなに美味しい食事を作ってもらえるなんて」


 「できればもっとおいしいもの食べに連れて行ってあげたいんだけどね。でもまだそんな余裕もなくて。金銭面では明美に甘えっ放しで。逆に申し訳ないと思ってる」


 「高級レストランに連れて行ってくれる人は他にいても、こんなに美味しい料理を作ってくれる人は、上杉くんしかいないから」


 うっかり葛城さんを念頭に置いた一言を口にしてしまったけれど。


 「経済面でフォローできない分、今は料理を頑張るから」


 上杉くんは全く勘付いていない。


 「世界にはろくに食べ物も与えられず、死んでいく子供たちがたくさんいるというのに……」


 感極まって涙が出る。


 演技ではない。


 感謝の気持ちは、心の奥からのものだった。
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