魅惑への助走
 上杉くんと一緒にいると気持ちが落ち着くし、安らげるのだけど……。


 先立つものがないというか、経済面のことを考えると不安を感じること多数。


 安楽な日々に流されて、勉強に集中できていないのも気になるし。


 だから葛城さんと過ごす時は、そのような心配から解き放たれるため、魔法にかけられたシンデレラみたいにひと時のゴージャスな夢に酔いしれることができる。


 お金や将来への不安など全くない世界で、何もかも満たされて刺激的。


 行為の後の罪悪感からは逃れられないものの、日々の生活の重荷からの逃避もあってか、私は葛城さんに溺れていた。


 葛城さんに逢っている時は、もう上杉くんとは別れなければならない、別れるのがお互いのためだ、家に帰ったら別れを告げよう……と胸に誓うのだけど。


 いざ帰宅して上杉くんの笑顔に包まれ、優しくされてしまう度に決心が鈍ってしまう。


 そんな行ったり来たりの日々が続いていた、冬の初めのある日のことだった。


 その日は定時に業務終了。


 冬至が近付いているため、五時台でも辺りはもう真っ暗。


 「ただいま」


 帰宅してドアを開けた。
< 444 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop