魅惑への助走
 「……」


 私に対し申し訳ないと思う気持ちが強かったゆえか、その夜上杉くんはいつも以上に優しく私を抱いた。


 あんなに言い争った後、気持ちを落ち着かせるため、私もこうして体を重ねることを欲した。


 ただ……どんなに濃密に抱き合っても思い知らされてしまう。


 体では上杉くんを感じていても、心はどこか冷めたまま。


 若い頃は、確かな愛さえあれば何もかもが解決すると信じていた。


 愛こそが全てだと。


 だけど今は、先立つものがなければ愛すらも冷めてしまうことを思い知らされている。


 現に今こうして……。


 「明美……。絶対幸せにするから」


 その言葉も……もはや私の心の底までは届くことはない。


 むなしい響きに過ぎない。
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