魅惑への助走
 「……」


 このままではお互いだめになる、別れたほうがいいとは頭では分かっていても……。


 「やっぱり情が邪魔をする?」


 葛城さんの腕が私を包む。


 抱き返して肩に触れた時、傷の痕の感触を覚えた。


 野球で肩を壊して、メスを入れた時の傷痕……。


 「人生、決断の時ってこれまでも何度かあったよね。そして今が、また新たな決断の時なのかもしれないね」


 「別れを告げて、そして」


 「その後の明美の将来は、全部俺が引き受けるよ」


 「葛城さん、」


 「少なくとも明美に、日々の生活なんかで悩ませたりしない自信はある」


 「とてもありがたいし、私はそれでいいのかもしれませんが、上杉くんを追い出すとなると……。一文無しになって生活に困窮し、貧困のあまり自殺なんてされたら……」


 「だったら明美は、あいつを捨てることで悪人になるよりは、あいつと首を吊ることになったほうが幸せだと?」


 「そんな!」


 「ごめん、言い過ぎた。俺が言いたかったのは……明美の人生は明美のためだけのものであって、あいつの面倒を見るためのものではないってこと」
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