魅惑への助走
 「やけになった人間は、何をするか分からないよ。失う者のない奴は時に、思わぬパワーを発揮する」


 私が去ったことに発奮して、勉強に集中して司法試験を突破し、幸せになってくれるのが互いに最良の結末。


 ただ、そのパワーはポジティヴな方向へ向かうとは限らない。


 葛城さんに乗り換えた私の裏切りを知り、恨むようなことがあるかもしれない……。


 結局勉強も上手くいかず、将来を悲観するようなこともないとは限らない。


 「怒りの矛先が、俺に向かってくることも有り得る。刺されたりして」


 「やめてください、縁起でもない」


 「明美が刺されるくらいなら、俺にしてくれたほうがいいな。こっちは何度も肩にメスを入れてるし、慣れてるから」


 「手術と刺し傷は違います」


 「……とにかく、今はあまり事を荒立てない方がいいな。今の状態であいつが俺と明美のことを知ったら、絶対に発狂する」


 それは十分に予測できる。


 試験勉強に行き詰まり、生活面でも苦境に立たされ八方ふさがりな状態の上杉くんを、私までもが見捨ててしまうと。


 しかも理由は、心変わり。


 当事者の立場になってみると、最も腹立たしい裏切であるのは明々白々。
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