魅惑への助走
 そして……。


 「武石さん」


 人気AV男優・武石タケシさんに話しかけた。


 私の二十年余の人生において、AV男優を目の当たりにするのも、話をするのも何もかも初めて。


 同じ人間のはずなのに、なぜかドキドキしてしまった。


 この人はアダルトビデオに、主に性行為をする者として出演している人なんだと、心の中で防壁を作っているのかもしれない。


 「なに? 明美ちゃん」


 爽やかな笑顔。


 距離が詰まる。


 武石さん的にはこのような距離感、慣れているのかもしれないけれど。


 私はあまり面識のない人と距離を詰めることに、かなり動揺してしまっている。


 「爪、短いんですね」


 何気なく口走ってしまった。


 目を合わせるのが恥ずかしくて、そっと伏せた目線の先に映ったのは、武石さんの指先。


 グラスに触れていたその指先。


 爪が異様に短かった。


 「ああ、これね。AV男優は常に爪をやすりで研いで、こんなふうにしているんだよ」


 「どうしてですか」


 「傷付けないようにするためだよ」


 「何をですか?」


 「女の子の大事なところ」


 「……!!」


 意味を察して、顔が赤くなってしまった。
< 50 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop