魅惑への助走
***


 その前に。


 「え? 辞める?」


 正月休み明けの、SWEET LOVEオフィス。


 新年の挨拶を終え、新しい年の業務が始まる前に松平社長に告げた。


 「しかも結婚が決まったって。いったい……」


 「すみません急に。どうしても仕事を続けられなくなりまして……」


 「ほんと、青天の霹靂。でも今は時間がない。……夕方私が戻ってきたら、改めて善後策を話し合いましょう」


 松平社長はこれから、お得意様の元へ新年の挨拶に出向かなければならなかった。


 私の話は序盤だけ聞いて、慌しく出かけていった。


 「明美ちゃん。どうしたのそんなに急に。まさか」


 事務所に残っていた榊原先輩に尋ねられた。


 あまりに急な展開に、私が妊娠していると疑ったらしい。


 「それはありません。ただ、一緒について行くことにしたんです」


 「え? 彼氏まだ試験に合格してないんでしょ?」


 榊原先輩は私の結婚相手を、上杉くんだと誤解しているようだ。


 私には高校の同級生である、司法試験浪人中の彼氏がいることはSWEET LOVEの人たちはみんな知っていたから。


 もしかしたら松平社長も勘違いしているのかも?
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