魅惑への助走
 現実は世知辛いから、せめて本の中では夢に浸っていたい。


 クリエイターは購入者に夢を見せてあげたいと願う。


 それはAVを製作していた時も、基本的には同じ動機だった。


 現実世界で男に押し付けられる、粗雑な性行為。


 そういうものにうんざりしていた女性たちが、SWEET LOVE製作のアダルトビデオを購入し、イケメンで優しい(一部そのカテゴリにあてはまらない者も存在したが)AV男優が提供する甘いひと時に酔いしれる。


 ……根本的に、夢を見ていたいのは同じこと。


 それは分かっているのだけど……。


 「しがないOLが職場で御曹司や社長に見初められる、なんて設定。実際にはまず起こり得ないことなのよね。御曹司は大部分が苦労知らずのボンボン、ドラ息子。そして大会社の社長や副社長って普通、定年間際の熟年世代だし。そんな社長なんかに好かれたところで、愛人にされて終わりでしょ」


 そう言い放って梨本さんは、笑いが止まらなくなった。


 「私も、そんな上手い話なんかあるわけないって重々承知の上で、担当の作家さんたちにはそんな話を書かせてるの。それは、読者の需要があるから」
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