魅惑への助走
 「……榊原さん、その方は?」


 「昔、ここで働いてた子なの。事務所の前で偶然再会したんだけど、熱中症みたいで」


 榊原さんが事務所の子に、私のことを説明している。


 気を失う少し前に目を閉じた。


 世界は完全に暗闇に閉ざされたものの、私は意識は完全に手放さないままで、辺りの音が耳に届いている。


 「熱中症? 大丈夫なんですか。病院にお連れしたほうが」


 「軽度みたいだから、安静にしてしばらく様子を見ようと思う。悪いけど自動販売機でスポーツドリンクの類、買ってきてもらえるかな?」


 「分かりました」


 私と面識のない事務所の子は、廊下へと飛び出したようだ。


 私は榊原さんに、ソファーに横たえられうずくまっている。


 「こういう時ってまずは、体温を下げるためにエアコンの設定温度を上げるべきなのだろうか……」


 熱中症が発生した時、どうすべきか分からなかったようで、榊原さんはネットで応急処置のやり方を検索し始めたと推察される。


 「えーと……。涼しい場所に移動して、体を冷やす。そして失われた体内の塩分を取り戻すために、スポーツドリンクなどを補給で正解だ……」


 対処法を確認している。
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