魅惑への助走
***


 「明美に内職をさせるほど、生活に困窮させた覚えはないんだけどね」


 葛城さんの口調はいつも通り柔らかなものの、その態度には付け入る隙がない。


 「もっと贅沢したいのなら、正直に話してごらん。生活費はまだ増額可能だけど」


 「違うんです。今でも十分すぎるくらいお金はもらってます。……私が復帰したいのは、決してお金目当てなんかじゃありません」


 「じゃ、趣味を増やしたいのかな」


 「それともちょっと違います。どちらかといえば……天職、生きがい?」


 「携帯小説人気作家というポジションだけでは、満足できなくなった? 明美は何もかも欲張りさんだね……」


 そっと抱き寄せキスをしようとする。


 ……だめだ、その手には乗らない。


 いつもこうやって優しく抱き寄せて、私の主張を丸め込もうとするのが葛城さんの手段。


 撒きついた腕から逃れようとするものの、植生植物にがんじがらめにされた獲物みたいに、身動きが取れない。


 「……明美の望みなら何でも叶えてあげたいところだけど、AV女優はダメだよ」


 「女優じゃありません。前みたいに製作に携わりたくて」


 「そっちも許すことはできないな。いくら明美のお願いでも」
< 625 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop