魅惑への助走
 葛城さんの言い分は以下の通りだ。


 葛城さんはいずれ、サッカークラブのオーナーになることを夢見ている。


 オーナーには十分な社会的地位の他に、あらゆる面での潔癖性が求められる。


 子供に夢を与える仕事を担う以上、身の回りに汚点があってはならないのだ。


 事件や犯罪などのスキャンダルはもちろん、身内の身辺にも範囲は広がる。


 つまりは、サッカークラブのオーナーの妻がAV業界で働いているなど、現時点の共通認識では許されないことなのだ。


 「俺は決して、AV業界を見下しているわけじゃないよ。世の中に必要とされる仕事だと思ってるし。第一差別してるなら、その中で働いている明美と結婚しようなんて考えるはずもなかった」


 腕の中に私を捕まえたまま、葛城さんは私に告げる。


 「だけどあの時とは若干、事情が異なってしまった。起業者として好き勝手してられたあの頃のようにはいかないんだ。夢のためには……。解ってほしい」


 「私も……。今さら葛城さんの夢を邪魔したくはありません」


 葛城さんと出会ってから、互いの夢について数え切れないほど語り合ってきた。


 私の夢はもちろん、小説を世に出すこと。


 そして葛城さんの夢は……。
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